懲りねぇなあ……(呆れ)
ちなみに通勤時間を利用して書いてるので、原稿の時間は潰してないから(強調) 潰してないのにこの筆の遅さだから(震え)
落書きは息抜きだから(死)
1が「種火」、2が「ねぐら」、3が単発で2にちょっと擦る話。
ちなみに通勤時間を利用して書いてるので、原稿の時間は潰してないから(強調) 潰してないのにこの筆の遅さだから(震え)
落書きは息抜きだから(死)
1が「種火」、2が「ねぐら」、3が単発で2にちょっと擦る話。
1、苹果日和
「ああ、また消えた」
燐寸を擦った先から空中に吸い込まれるように弱まり消えていく炎に向かって、エルジはため息をついた。頭だけ黒く燃え尽きた燐寸のカスを、複雑な顔をしてオーブンの中に投げ捨てる。同じような残骸は、もう五本目になる。
「だから言ったろう、燐寸の火はこの海に嫌われてる、と。いつもどおり、暖炉で炭を燃しなさい」
黒曜石の火打ち石と鋼、それと私が作ったパムト伝統の着火材を渡す。
「ちゃんと燐寸が使えたら、きっと便利だろうねぇ」
「そうだな。全く、ここの産土にも参ったものだ」
氷の海の産土神は火を嫌う。燐寸のような小さい火だと今のように音もなく消されてしまう。ここでは魔法の触媒の花ストロフィラを使うか、私達パムト長毛種が作る“伝統的な”着火材を使い、炭を燃やす。魔法の火は次の朝まで暖炉の炭の中で燠として長く残せるが、着火材で燃やした物は完全に消えてしまい、そうなるとまた火を焚かなければならない。特に冬はなるべく火を絶やさぬように注意をはかる。
「……火打ち石は苦手だなぁ」
「横着は駄目だよ、エルジ」
「う~。……そうだね、イグナーツ」
暖炉の前の卓の上には、炭火が燠に変わるまでの間に二人でこさえるパイの材料がズラリと並ぶ。なかでも一際存在感を放つのは、油上がりで艶々と光る真っ赤な苹果。
苹果は、今朝玄関の前に手紙と共に山盛りに置かれていた。東の海……手紙の主が「魔改造民族」と渾名する、手先の器用さと品種改良に心血を注ぐことで有名な連中が作り出した、生で食べることができる希少な苹果が半分。我々の生活圏で手に入る、真っ赤で酸味が強く煮崩れしにくい、パイ作りに適した苹果が半分。
個人的にはいささか癪だが、エルジは喜ぶので仕方ない。次に顔を見せたらあの根無し草には……色々と言わなければなるまい。
いや、その話は置いておこう。
エルジはカチカチと火打ち石を鋼に打ち付けている。何度目かにようやく火花が着火材に飛び火し、エルジからおお、と小さい歓声が上がった。着火材はちりちりと音を立てながら燃焼しはじめ、すぐさまその上に炭を詰めた火熾し器を乗せる。
「燃~えろ、燃えろ、真っ赤になあれ ……出来たパイ、渡せたらいいんだけど」
「気にするな、向こうは前置きも寄越さず勝手に持ってくるんだ。次に訪ねてくる事があれば礼を言っておけばいい」
私が肩をすくめるのを見て、エルジは目玉をくるりと回した。
「う~ん……玄関に包んで置いとくのは?」
「ははは、奴の前にネズミが持っていってしまうよ」
「そうだよね。おっと」
火熾し器の中で炭がパチリと鳴った。下から少しずつ、赤々と炎を上げながら燃えはじめている。もうすぐ全体に行き渡るだろう。パイを焼くなら、必要な分だけオーブンに炭を詰め、さらに火を落ち着かせる必要がある。
「あ、明日はパンと干し葡萄入れた詰め物作ろうよ。後は砂糖と煮詰めて……」
炭火の光を照り返して、嬉しそうに笑うエルジの頬は、苹果のそれのようにつやつやと真っ赤に輝いている。有り余る苹果を思い付く限りの料理にどれだけすることができるか、頭の中は苹果でいっぱいなのだろう。
贅沢な悩みなのは分かっているが、しばらくは苹果責めの困った食卓になりそうだ。
2、ネズミ奇譚
ネズミは不思議な生き物だ。
子供にとっては、まん丸な耳と身体、くりくりの瞳をしてチョロチョロ走り回る姿がとても魅力的なのだ。ちょっと木の実を部屋の隅っこや家具と床の隙間に置いてしばらくじっと待つと、何処からともなくおっかなびっくり姿を現し、目玉をくるくるさせて周りを警戒しながらヒョイと木の実を咥えて、急いで元来た暗がりへ引き返していくのが面白い。
時たま子連れのネズミを見かけることもある。親の尻尾に噛みついた子ネズミの尻尾に噛みついた子ネズミ……といった具合に親子で小さな一列を作り、部屋の壁に開いた小さな穴から穴へと懸命に走る様子を見たなら、それはもうこっそり追いかけて観察してみたくなる。
だから、ネズミを見つけた大人が鬼のような形相……あるいはうんざりしたように眉根を寄せ、家のそこかしこにネズミ取りを仕掛けては捕まえ、「何処か」にやってしまうのは理不尽に感じてしまう。
勿論、「何処に」といえば、穏便な言い方をすれば「潮境にやった」である。
その大人達の不可解で残酷な仕打ちは、貴重な冬の備蓄品や、俺の故郷でいう「魔法の触媒」を片っ端らから食い散らかしてしまう害獣の駆除に他ならない。
彼らもかつてはネズミの行動に興味津々だったり、あるいは可愛さあまりに親に隠れてこっそり飼っていた経験があったのだろうし、ネズミ取りを手に外へ出ていく自分の足に取りついた子供達が、真っ赤な顔で鬼だの悪魔だの泣き散らす様子にやるせない思いも過っただろう。
子供と大人、立場が変われば、ここまで見方が変わる生き物も珍しいと思う。
「……ま、今ならエリカばあさんのやってた事も理解できんだけどさ」
サルカは俺が出したツコル茶を啜って遠い目をした。視線が俺の頭上を掠めて、鉄板同士を継いだ天井近い壁へ注がれている。
エリカばあさんとは、サルカの家で昔働いていたお手伝いだという。
自分の親を「温泉成金」と揶揄して語るのは兎も角、その両親の代わりにサルカと四つ上の兄の身辺の世話や掃除などをこなしていた老婆であり、当然ながらネズミの駆除も彼女が行っていたらしい。
普段は優しくおおらかな態度の彼女が、ネズミ取りに紐を括りつけて近所の用水路に平然と放り込むその姿は、幼かった兄弟に相当の衝撃を与えたようだった。
「ピッケィ達を見てると、厨房や貯蔵庫はネズミやら害虫やらとの戦いだなってのは感じるよ。食い物を扱ってる仕事は特にな」
「そう、今思えばばあさんもそんな事言ってたんだよ。食い物もアレだけど、調度品まで齧るんだもんなぁ。……ここは、出そうにねぇな」
サルカは首を少し伸ばし、俺が座っている作業台周りと、仕切り板の反対側にある炊事場に視線を送る。
「砂漠の一軒家だし、最低限の備蓄しかないからな。たまに迷い込んでくるのもいるけど、好き好んでは来ないだろ」
「棚の鉱物はどうやったって食えねえだろうしな」
そう言ってカラカラと笑った後、一呼吸おいて、ふと何かを思い出したように口を開けた。
「でもアレだ、ガキの頃こっそり餌やってたイシュトヴァーンもいつの間にか見なくなっちまって。ありゃ絶対エリカばあさんに取っ捕まったな」
「……い、イシュトヴァーン……? 随分大仰な名前だな」
「良いだろ? 大物になりそうじゃん。尻尾がこう、くにっと“カギ”型でよ、左耳がちょっと欠けてて……」
そう説明しながら、少し上唇を突き出し、歯を剥き出してネズミの真似をする。思わず吹き出しそうになるのを堪え、サルカの前に鑑別書と布にくるんだ鉱物を置いた。
「話の続きはまた今度。親方のお使いだろ? あんまり待たせるとドヤされるぞ」
「あ……そーでした」
「詳しくは鑑別書にまとめてあるから」
「あいよ、確かに」
サルカは鑑別書と鉱物を革袋に詰め込むと、代金の袋を置いて席を立った。玄関の扉を開けながらこちらを振り返る。
「じゃ、また飯タカりにくるんで!」
「上等な手土産を期待してる」
少し嫌味を込めて返すと、ニンマリ笑いながら俺の肩をポンポン叩き、町へと帰っていった。
「耳の欠けた、かぎ尻尾……か」
一仕事終え、もう一度ツコル茶を沸かそうと戸棚に手を掛けたとき、足元の方から微かにチュウと鳴き声がした。そっと周囲に目を凝らす。
「おやお前、今度はここに隠れてたのか」
そいつは、樽と樽を置いた狭い隙間で窪地の近くに自生するサボテンの実を齧っていた。よく見ると下の寝室から毟ったのか、布の端切れで小さい寝床までこさえている最中だった。
“かぎ”のように曲がった尻尾に左耳が欠けたこのネズミは、何処からやって来たのかここ二、三日前に見かけるようになった。大した食料が無いと悟れば他のネズミ同様数日後には居なくなるだろうが、それにしても奇遇なものだ。サルカが子供の頃の話なのだから当のイシュトヴァーンでは無いだろうが、その遠い子孫かもしれないし、たまたま同じ特徴を持った無関係のネズミかもしれない。
「お前も物好きだな……飼い主に似る、ってやつか」
まん丸い目を不思議そうに瞬く姿に、ふと餌付けでもしてみようかと思ったが、すぐその考えを改めた。
こんな鳥も通わぬ場所へひょっこりやって来るような逞しい生き物を手懐けようなんて、あんまり馬鹿げている。
「なあ、気が済んだらちゃんと出ていけよ。……イシュトヴァーン」
何となく、その名を口にする。
言葉を解するわけがないだろうに。
ネズミは口の辺りを忙しなく動かしながらじっと俺を見つめると、もう一度小さく、チュウと鳴いた。
3、リンネ灯台
静かの海から晴れの海へ街道を進むと、レゴリサイトの小さいランプがてっぺんに付いた看板が立っている。「リンネ灯台」と書かれたそこには、申し訳程度の東屋と長椅子が置かれているだけだ。
「じゃあおっちゃん、またね」
「おう、エマーシュカによろしくな」
静かの海のラーモント、蒸気の海と隣接するアウヴェルス、晴れの海のリンネ灯台、この三ヶ所を結ぶ街道を数日掛けて往復するトゲ馬車乗りのおっちゃんに挨拶をし、私はここから北に見えるリンネ灯台へ、重たい荷物を紐を括った台車で引きずりながら足を進めた。
この辺は「潮境」――死んだ人が行く場所と呼ばれてる――に生息してるクラゲが妙にプカプカ飛んでいる場所で、あんまりぼーっと歩いてると細長い足に取っ捕まって痛い目に遭う。
灯台までの道は至って簡単。あのでっかい、灯台の青白い光を目指してまっすぐに歩けば良い。近付けは近付くほど灯台は黒い巨人が伸びをするようにどっしりとした存在感を放つ。ただ、今ここから見える光は所々欠けがあってどうにも“しまり”がない。
何本もの蝋燭を束ねたような不思議な形の灯台の足元には、長い耳と蹄の脚の女が立っている。エマーシュカだ。
「やあ。いつもすまんね、アゴタ」
「なに仕事だからね。タマラ元気?」
「中で夕食の支度をしてるよ。ここの暮らしにもだいぶ慣れたようだ」
「そっか」
「お前さんは。どうだい景気は」
「どうかなぁ。最近見っけた鉱床も悪くないんだけど、ぼちぼち」
お決まりの挨拶を交わし、まずは早速依頼品を渡す。
「……へぇ。ここ半年ぐらいで、少し良くなってるんじゃないか?」
エマーシュカは渡した袋の中から無作為にレゴリサイトを取り出した。
「ああ。そりゃアレよ、サルと根暗がレヒネル工房に出入りするようになってからだね。従来品よりきっと明るいよ」
「サル……根暗? なんだいそりゃ」
「ああ」
レヒネル工房はここいらじゃ一番質の良い人工結晶(レゴリサイト)を造る工房だ。確かに、エマーシュカの見立て通り少し品質は良くなっている。
「私より少し年嵩の技師と鑑別士よ。どっちも仕事は信用できんだけど、ありゃダメだ。海に根付かない人種ってやつだね」
「ならアンタと気が合いそうじゃないか」
そういってエマーシュカは苦笑いする。
「かー、冗談!」
「ま、そいつらの話は夕食の後にでも聞かせとくれ。その前に、黒化した古いのは取っ替えっちまわないと」
苹果の実ぐらいの大きさのレゴリサイトが詰まった袋は、私じゃ台車に載っけて運ばなきゃならないけど、エマーシュカはそれを軽々と持ち上げる。年の頃、ヒトでいえば多分私の母さんぐらいかちょっと若いくらい。
彼女は、灯台の近くにある「リンネの深淵」と呼ばれてる穴の見張りをしている灯台守だ。
実のところ私はよく知らないんだけれど、あの穴の中を長く覗き見ると、何故か飛び込みたくなってしまうという。勿論飛び込んだ奴は二度と上がってこない。
そんな事故が昔から絶えない場所だったから、いつからか不用意に穴へ近付かないよう見張りの灯台ができたとかなんとか。
エマーシュカは、多分「潮境」と同じような場所なんじゃないかと考えてる。この辺にクラゲがうようよしているのもそういう訳だろう、と。
「アゴタ、部屋は用意しといたから先に入っといで」
「あー、取っ替えるの見てからね」
「好きにしな」
エマーシュカは袋を肩に掛けて、灯台の螺旋階段を上っていく。所々光が消えているのが、黒化して光らなくなったレゴリサイト。それを新しいのにすげ替えるのも灯台守の仕事だ。
「アゴタさん、こんにちわ」
灯台の土台になってる住居の入口から顔を出したのはタマラ。おっとりした、パムト族短毛種の女の子。
「やあタマラ」
タマラは頭の三角巾を取ると、灯台を見上げてエマーシュカを視線で追った。地上からだいぶ高いところの窓から身を乗り出して、レゴリサイトを取り替えている。時たま窓から上の窓まで脚力だけで飛び上がる事もあるから、命綱を引っかけてるとはいえ見てるこっちはなかなか怖い。
「随分高くまで登ってますね」
「ヴォルジ族の身体能力はすんごいからねぇ」
「私も、いつかああなりたいです」
タマラは大きい耳をパタパタさせた。
「やめときなって。エマーシュカを目標にしたら、手始めに切り立った崖を脚だけでホイホイ登り降りできるようになんなきゃ」
「あ、エマーシュカさんは素敵ですけど、そうじゃなくて灯台守に」
「なんだ」
「ああして、ずっとリンネを見張り続けるのは大変です。でも、そうして一人でも無駄に死なないようにしたいです」
タマラの顔はいつでもふにゃっとしたような感じだけど、言うことは至ってカッチリしている。
エマーシュカがタマラを引き取った経緯は詳しく知らない。ただ何かこう……こういう事を口にするってことを思うと、多分軽々しく聞けるような事情じゃないんだろう。
「……お、最後の一個だ」
てっぺん近くのレゴリサイトを取り替えると、灯台が本来の光を全て取り戻す。テルルの月が沈み、夜が駆け足でやって来る夕闇の中に青白く燃える灯台は、まるで民話に出てくる天までとどく樹のよう。
「う~ん、やっぱり灯台はこうでないと」
「灯台の光は、迷っている人の道しるべですから。ちゃんと光っていないと」
「そうさね」
やがて、古いレゴリサイトを袋に詰めて、エマーシュカが降りてきた。
「いつまで突っ立ってるんだい」
「はい。さ、アゴタさんお部屋にどうぞ」
「あいよ。お世話になります」
私は次のトゲ馬車が来るまで、二日ぐらいはここに滞在する事になる。向こうに帰って工房に古いレゴリサイトを届けたら、本業の鉱石堀りに、アルタイの断崖へすぐに向かう算段だ。
帰る時にはきっと、遠目から完璧な灯台の姿が拝める。そしたら二人とはまたしばらくお別れだけど、今度は道しるべの光を背に受けて生まれる自分の影法師を、旅の道連れにすればいい。
きっと、私と気が合うだろう。
……
ネズミのイシュトヴァーンが大仰じゃねってのは、ハンガリー建国時の初代国王の名前ってネタです。わりとどうでもいい。
今回は連想ゲーム的なネタの出し方をしてます。ネズミとか鉱物とか。
3番目は人外のおばちゃんと幼女+鉱物ハンターの女って組み合わせです。前にイラコンに出したやつの。名前のアゴタはアゴタ・クリストフから何となく採った。
まあ「ねぐら」のレヒネル工房も実在した有名な建築家から採ってるしの。
でも灯台って良いよね…。昔灯台守を題材にしたの話二つぐらい考えたよ、構想だけ(震え)
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