「超クウガ展」今日からなんだっけ。
これはちょっと期間中行きたいな…。行けるかな〜…。
★
別に書き物が必要でない時に携帯し、いざ必要な時に忘れる。
オメーどんだけ家に無駄なメモ帳あると思ってんだ、常に携帯しとれアホンダラ。
外出ついでに、型紙の修正したいからコンビニで型紙のコピー取ろうって予定決めてたのに筆記用具忘れるのはねぇ…アホのそしりを免れませんよ。
拡大率を微妙に変えながら2〜3枚程度取るので、端にメモしないと分かんなくなっちゃうのよ。
仕方ないからドッグイヤーでごっちゃにならないように印つけるか……。
あとメモ帳はその場で思いついたことを描いとかないと忘れるからなんだよね。アロハシャツの襟付けどうしよう→こうしようみたいな思いつきを絵入りで。
う〜ん、アホ。
スマホじゃこういうのの代替にはならんのだよね、あんまり。買い物のメモぐらいならいいんだけど。
★
よっしゃ。
久しぶりに来たぜ、泉屋博古館東京。
企画展名、ようやく頭に入ってきた。
いや割と個性的な展覧会名も多いんだけどここ、「死と再生の物語(ナラティブ)」って、こう。
生と死じゃないのか、死と再生の……物が……な、ナラティ……?き、聞き慣れない……
学がないとこういう事が起きるのである。
今回の展示、一度実物の「鴟鴞尊(しきょうそん)」見たかったから行ったんだよね。ついでに鴟鴞尊だけ撮影OKなので、バッチリ撮ってきた。
これだけしっかりした造形なのに、こやつ殷時代(殷後期)の代物なのよ。あと酒器なので首が回るらしい。
他にも鴟鴞モチーフのゆるキャラ造形な酒器の展示があるよ。
これ、アクキーかなんかにしてくんないかな。
古代中国の神話に出てくる仙人とかそういう人物系は個人的に興味薄いけど、動物がクローズアップされてるさらに古い時代のは結構興味深かった。
やっぱり鳥の信仰、世界樹信仰は世界各国の古代宗教で共通するモチーフなんだね。あと地味に西王母が初期は両性具有の人頭獣身の神的な存在だった情報を知った。そこから遷移してって今は仙女のトップみたいな姿になったらしいね。
前述の鴟鴞はようはフクロウ目系の鳥のことだけど、アジア圏では日本含めて比較的不吉な鳥扱いが多いよ。日本でも梟って字自体はあんまり良い意味で使われないね、梟首とか。フクロウ狩りの風習はオイオイってなるけど。JAWSの影響でホオジロザメ=悪いサメって認識されちゃったのとぶっちゃけ変わらん。人類の脳みそ進化しなさ過ぎである。
まあ〜…夜中に音も立てずに羽ばたくクソデカ顔面鳥(猛禽)はなぁ…怖いのも分かるけど。「福郎」みたいな感じで縁起物扱いされ始めたのは最近(近世)だもんねー。
ただ、文明初期も初期は別にそうじゃなかったらしいから、結局は単純に信仰(流行)の変化だと思う。人類の脳みそ進化しなさ過ぎである。(2度目)
あと初期は神話モチーフもりもりで華美な装飾が、後年になってある意味洗練されて(またはモチーフに神話的思想を投影しなくなった結果)、シンプルで抽象化された装飾に変わってくってのも割と定期的に起きる現象だな…。
多分、色々理由はあるんだろうけど……すんげー単純に考えれば「万年装飾モリモリすんの飽きたぜ!!!」って職人がなったんだと思う。あと活気があって庶民も羽振りよくなると単純に装飾に掛けられる費用が増える。逆に貧乏な時は極力材料費・人件費掛けないでカッコよくかわいく見せたいとかなるし(無茶振り)。
ついでに神話・宗教的思想を込めないってことは、既存の(古い)思想から別の方向性を探りたい、装飾盛りようがないぐらい増えたなら逆に削ればいいじゃない、思想?この太いシンプルな抽象的ラインがそれを表しています!(ものは言いよう)ていう風になってったんじゃないかね。知らんけど。
ともかく、色々考察が捗って見応えがあった企画展だった。
あとここハリオカフェが併設されててね。隣のお客達が「あ〜非日常…」って話してるのが分かる景観なのよね。あと死ぬほど混むわけじゃない(若者が寄り付く立地じゃない)から、比較的静かでゆったりできるのもよい。別に美術館入らなくても別の入口あるし、美術館入ったならチケット割もしてくれるしね。
★
で。
……正直なんで買ったか分からんが……まあ、色が綺麗だったんだ。
……順調に身の回りに緑色の物体が増えていく。
これはカメレオンじゃなくて虎だよ。どこをどう見たら虎なのか分からんが虎だよ。

戦利品。
最近博物館とか美術館でコーヒー紅茶パック売ってるとこ増えたよね。久しぶりに来たらここでも売ってた。
泉屋博古館は京都が本館でこっちは分館なので、コラボしてるこのコーヒーは京都の店のものらしいよ。
★
カニカマうめ〜
カニ酢つけるとうめ〜
カニじゃないけどinカニ酢うめ〜
日本酒欲しい。
これはちょっと期間中行きたいな…。行けるかな〜…。
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別に書き物が必要でない時に携帯し、いざ必要な時に忘れる。
オメーどんだけ家に無駄なメモ帳あると思ってんだ、常に携帯しとれアホンダラ。
外出ついでに、型紙の修正したいからコンビニで型紙のコピー取ろうって予定決めてたのに筆記用具忘れるのはねぇ…アホのそしりを免れませんよ。
拡大率を微妙に変えながら2〜3枚程度取るので、端にメモしないと分かんなくなっちゃうのよ。
仕方ないからドッグイヤーでごっちゃにならないように印つけるか……。
あとメモ帳はその場で思いついたことを描いとかないと忘れるからなんだよね。アロハシャツの襟付けどうしよう→こうしようみたいな思いつきを絵入りで。
う〜ん、アホ。
スマホじゃこういうのの代替にはならんのだよね、あんまり。買い物のメモぐらいならいいんだけど。
★
よっしゃ。
久しぶりに来たぜ、泉屋博古館東京。
企画展名、ようやく頭に入ってきた。
いや割と個性的な展覧会名も多いんだけどここ、「死と再生の物語(ナラティブ)」って、こう。
生と死じゃないのか、死と再生の……物が……な、ナラティ……?き、聞き慣れない……
学がないとこういう事が起きるのである。
今回の展示、一度実物の「鴟鴞尊(しきょうそん)」見たかったから行ったんだよね。ついでに鴟鴞尊だけ撮影OKなので、バッチリ撮ってきた。
これだけしっかりした造形なのに、こやつ殷時代(殷後期)の代物なのよ。あと酒器なので首が回るらしい。
他にも鴟鴞モチーフのゆるキャラ造形な酒器の展示があるよ。
これ、アクキーかなんかにしてくんないかな。
古代中国の神話に出てくる仙人とかそういう人物系は個人的に興味薄いけど、動物がクローズアップされてるさらに古い時代のは結構興味深かった。
やっぱり鳥の信仰、世界樹信仰は世界各国の古代宗教で共通するモチーフなんだね。あと地味に西王母が初期は両性具有の人頭獣身の神的な存在だった情報を知った。そこから遷移してって今は仙女のトップみたいな姿になったらしいね。
前述の鴟鴞はようはフクロウ目系の鳥のことだけど、アジア圏では日本含めて比較的不吉な鳥扱いが多いよ。日本でも梟って字自体はあんまり良い意味で使われないね、梟首とか。フクロウ狩りの風習はオイオイってなるけど。JAWSの影響でホオジロザメ=悪いサメって認識されちゃったのとぶっちゃけ変わらん。人類の脳みそ進化しなさ過ぎである。
まあ〜…夜中に音も立てずに羽ばたくクソデカ顔面鳥(猛禽)はなぁ…怖いのも分かるけど。「福郎」みたいな感じで縁起物扱いされ始めたのは最近(近世)だもんねー。
ただ、文明初期も初期は別にそうじゃなかったらしいから、結局は単純に信仰(流行)の変化だと思う。人類の脳みそ進化しなさ過ぎである。(2度目)
あと初期は神話モチーフもりもりで華美な装飾が、後年になってある意味洗練されて(またはモチーフに神話的思想を投影しなくなった結果)、シンプルで抽象化された装飾に変わってくってのも割と定期的に起きる現象だな…。
多分、色々理由はあるんだろうけど……すんげー単純に考えれば「万年装飾モリモリすんの飽きたぜ!!!」って職人がなったんだと思う。あと活気があって庶民も羽振りよくなると単純に装飾に掛けられる費用が増える。逆に貧乏な時は極力材料費・人件費掛けないでカッコよくかわいく見せたいとかなるし(無茶振り)。
ついでに神話・宗教的思想を込めないってことは、既存の(古い)思想から別の方向性を探りたい、装飾盛りようがないぐらい増えたなら逆に削ればいいじゃない、思想?この太いシンプルな抽象的ラインがそれを表しています!(ものは言いよう)ていう風になってったんじゃないかね。知らんけど。
ともかく、色々考察が捗って見応えがあった企画展だった。
あとここハリオカフェが併設されててね。隣のお客達が「あ〜非日常…」って話してるのが分かる景観なのよね。あと死ぬほど混むわけじゃない(若者が寄り付く立地じゃない)から、比較的静かでゆったりできるのもよい。別に美術館入らなくても別の入口あるし、美術館入ったならチケット割もしてくれるしね。
★
で。
……正直なんで買ったか分からんが……まあ、色が綺麗だったんだ。
……順調に身の回りに緑色の物体が増えていく。
これはカメレオンじゃなくて虎だよ。どこをどう見たら虎なのか分からんが虎だよ。
戦利品。
最近博物館とか美術館でコーヒー紅茶パック売ってるとこ増えたよね。久しぶりに来たらここでも売ってた。
泉屋博古館は京都が本館でこっちは分館なので、コラボしてるこのコーヒーは京都の店のものらしいよ。
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カニカマうめ〜
カニ酢つけるとうめ〜
カニじゃないけどinカニ酢うめ〜
日本酒欲しい。
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